
王国には、未来を記す装置があった。
神殿の奥に据えられた〈予言機〉は、星の配置と魔力の流れを読み取り、これから起こる出来事を正確に書き出す。
戦争、豊作、王の死。
すべて、外れたことはない。
だがある朝、予言機は一行だけを吐き出した。
「本日の予言はありません」
神官たちは騒然となった。
壊れたのか、星が沈黙したのか。
若い書記のエマは、誰にも告げず、予言機の横に紙を置いた。
そして、羽ペンでこう書いた。
「今日は、誰もが少しだけ親切になる」
何も起こらなかった。
予言機は沈黙したままだ。
それでもその日、市場では喧嘩が起きず、道に落ちたパンは拾われ、門番は旅人に水を渡した。
夜、予言機が再び動いた。
「記録を確認」
「人為的予言:有効」
エマは微笑み、紙を束ねた。
未来が空白なら、書けばいい。
予言とは、当たるものではなく、始めるものなのだから。

